受難の大学院3

土・日の晩くらいテレビでも見てゆっくりしていればいいものを、なんで長文書いてんだか このワタクシってば、という自己つっこみしつつみなさんいかがお過ごしでしょうか
きっこのブログ風

こういう時間帯にも、世の中のまともな研究者の皆様におかれましてはきっと論文の添削とか、CNSの新着論文ながめたりとか、今後3年間の研究体制を練ったりとかしてるんでしょうなぁ

うちの大ぼちゅとかは冗談ぬきでホントにやってそうだから全然笑えるネタにはならないのであるが

ともあれ、なんで大学院生活に入って先を急いでいるのかと言うと、どーしても書きたいというか、みなさまに訴えたい事柄があり、そこまで持って行きたいのである

というわけで
<よいこのみんな まだ番組は続くんだよ覚悟はいいかな~?>

さて、2年目である
R研からT大への引っ越し、という一大イベントをまずクリアーしなければいかんのである

で、まずやらなきゃならんのは新研究室のレイアウト

引っ越すにあたり、前教授から引き継いだ部屋はあまりにも手狭でどうにもならないからどうにかしてください、とロバートが教授連に要求
それがどういうわけかなんのおとがめもなく通ってしまうとこがロバートのロバートたるゆえんであり、それまで数研究室が共同で使用していた培養室、という大きめの部屋を空けてくれることになってめでたしめでたし

それはよかった

しかし、なんせそれまでクリーンベンチがずらりと10台以上も並んでいただけ、という部屋である
クリーンベンチを運び出した後は実験台も何もない
ガス栓だけはいやになるほどあったけど

廊下をはさんで向かい合ったそれよりは少し小さめの部屋も確保してもらったので、そこと元培養室の大きい部屋の2ヶ所、その両方に設置する実験ベンチ、収納場所、機器を置くスペースを設計せなならん

で、ロバート曰く
『おいペンギンやってくれよ~』

ちなみに1年間の併任期間中、T大の前教授が残していった部屋には真っ先に斥候として送り込まれた助手のTさんに続き、講師のNせんせ、そして他研究所から来られた講師様グループがすでに移住し、それぞれ手下とともに仮の巣をはぐくんでおった

その頭数だけですでに小さめの研究室分くらいは充分ある
で、R研からはその2-3倍の規模の一大部隊が到着する
さらにはその年から新規加入する卒研・修士・博士の院生というものもある

それら全てが収まるようにうまく設計せぇ
と、ロバートに言われたペンギン君
まずは頭数を把握し、新体制における学生の予定配分、内部の小グループがいくつできるのか、という要素を全部加味した上で、広いとは言っても人数の割にはさして広くないスペースを公平に配分する、という作業が必要となる

まぁ軽く1ヶ月くらいほとんどかかりっきりになるわな

しかも良く考えみてくれ
トシはいってるが、その時まだD2の学生なんだよ オイラ
その時すでに同じ年齢の連中は研究員である
で、給料もらってる連中は誰もそんなことせず、実験に集中していたのである
それって、ひどくね?

と、今ならばそう思うが、その当時はすでにラボの便利屋として確固たるポジショニングにいたペンギン君、まるであたり前のことみたいに勘違いしておったのだよな

で、大工仕事は決して嫌いではないペンギン君、まずは現在あるフリーザーやらなんやらのサイズを全部計測して新研究室の計測値を元に配置決め

電源の場所と容量まで全部メモして置き場を決めといたので、引っ越し時の混乱は最小限に抑えられたと自負しているが、同時に機械類というのは決してサイズ通りにはおさまらないため、数センチずつの余裕をとって配分する必要がある、ちうことも学習したので、今後引っ越し予定の方はおぼえておいてくだされ、試験に出ます

続いて家具のオカムラのAさんというおっちゃんの助言を受けつつ、2部屋分の家具類とその配置を決定して発注

この時にお世話になったオカムラのAさんは今回のペンギン組立ち上げ時にも家具類全てを請け負ってくれた
そのせいで寿命が10年縮んだ、とも言われておるが…

そんなこんなで新研究室ができあがり、さて、引っ越しである

ところで、さかのぼること数ヶ月前、R研から熊大へA沢先生大軍団がお引っ越しして行くのをみんなして万歳三唱で見送った
その時は屈強な引っ越し屋さんが大挙して押し寄せ、4トンくらいのでかいトラック3台分の荷物を運んで行ったのをこの目で見ている

当然同じようにするのかと思いきや、ここでロバートがまた無茶を言い出す
『カネねーんだよ 運送屋頼めないから、業者に手伝ってもらって自分たちで運んでよ ペンギンよろしく』

………まぢかよ!

ここでまたペンギン君走り回る
出入りの業者さん達に声をかけて

  • 引っ越しあるから、空き箱いっぱい持ってきてくださいな
  • ところで、申し訳ないけど何月何日にトラック出してもらえませんか?
  • そのついでに運ぶのも手伝っておくんなさい
  • とゆー無理難題をふっかけて足と手を確保
    業者ごとにトラックやバンの大きさが違うので、出してもらえるクルマの大きさをもとに、その日運ぶものを決定

    お茶飲み場のホワイトボードに
    日付と業者名、その日運ぶブツ、各大物ごとの搬出準備責任者
    を書き出してリストアップし、各責任者にはその日までに確実に準備しといてくれ、と念を押して準備万端

    例えば冷蔵庫を搬出する場合、中身を全部出して氷で冷やし、フリーザーと一緒に運んで行って、現場で中身をまた全部戻す、という作業が必要となるため、その責任者を誰か決めておかないと大変なことになるのである

    そこまで準備しておいてすら、わけわからんやつは当然おるがな

    引っ越しってわかってるのに、その期間に海外旅行の予定入れてうれしげに出かけてった技官様とか

    フリーザーの搬出しようとしたら、中身が全部詰まっててびっくり、責任者に聞いたら、自分のサンプルだけ取り出してしっかり箱詰め確保しましたが、他の人のサンプルはわからないのでそのままにしときました、と言ってのけた某先生様とか

    いついつまでに自分の荷物はちゃんと箱詰めにしといてくださいねっと、あれほど通達しといたのに、手伝いの業者さんが来た時点でまだミニプレップやってた某先生様とか

    しょうがないから目についた試薬類を手分けしてどんどん箱に詰めようとしたら、それはまだ使いますからおいといてください!と、キレた某先生様とか

    ちなみに上記某先生様はもちろん同一人物でしかも本来陣頭指揮を執るべき講師様、新研究室にブツが運び込まれた後には当然のことながらそれを全部あるべき場所に納めるという作業が必要になることなんぞこれっぽっちも考えず、総員配置で片づけに奔走しているのを尻目に自分のモノだけ実験台上に配置、即座にやりかけの実験にとりかかったそのお姿をワタクシは一生忘れない

    この他にも顕微鏡2台パクって自分の古巣に持ち帰った現有名若手PIの話とか思い出しただけでハラ立つできごとは山ほどあって収集がつかなくなりそうなので、これでシメとするが………

    あーもぉ! ったくよぉぉぉぉぉっ(怒

    と言いたくなるような修羅場であったことはこの文章から察してくれたまい

    なんせ、運送業者を頼めば1日で終わるものを、ロバートがケチったがため1週間に渡ってバケツリレーのように人海戦術で運び込んだのである

    その間の業務なんざ、ないも同然である

    全てが終了した後、搬入監督のペンギン君と搬出監督で大活躍のN先生とペンギン君の大親友S君の3名が同じフロアーにあったラウンジで力尽きて惚けていた際、たまたまそこを通りかかったご近所研究室のH先生

    『大変だったね。陣頭指揮』
    と、しみじみねぎらってくださったのをまざまざと思い出す

    が、その時、このH先生はペンギン君のことを講師様か助手様と勘違いしていたのである

    なんせH先生のT大登場はペンギン君がすでに5年生になってからだったので、微生物学教授のH先生の講義は受ける機会がなく、したがって面識がなかった(もっとも、講義があったとしても出席していたか否か?となると、はなはだ疑問ではあるが)

    それはともあれ、先頭で指揮している現場監督がまだ大学院生であるとは思いもよらなかったのはまぁ普通の感覚であろう

    普通だと思わないのはロバートくらいだぞ
    ロバートめ ←セキララ風

    そして、あの時、親切にクルマ出して運ぶのを手伝ってくれたT・K・B・I・Rの各社さん、ほんっとーにありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げまする。
    ちなみにその当時の各社の担当さん達、未だにペンギン君のことを憶えていてくれて、東京に転勤になっていたT社のHさんなんかはペンギン組発車当初にはプレゼント持って訪ねてきてくれたりもして、ほんとーに人情というものは大切にすべきなのである。

    と、言うようなてんやわんやの末にやっと居住地がアカデミアへと移動
    そこから先、暗黒時代へとまっしぐらに突入するのである

    まぁ過去2回の分を読めばすでに暗雲立ちこめていることは察せられるとは思いますが、どんどんすごいことになっていくので、覚悟召されよ

    便利屋って大変よね
    と、思われた方 ちょっと肩でももんでおくんなされ
    あ、そこそこそこ →