受難の大学院1

寒いっすね……
ペンギン組でも院生M君(1号2号とは別人)が先週からひどい声だったしS女史も風邪でへろへろだったのだが、本日ペンギン君もまたのど腫らして熱が出ている

現在ヤクでごまかしておりますが、ほとんど使い物になっとりません

こーゆー時は雑文書きで気を紛らすのが一番よね

<よいこのみんな おだいじに>

さて、ようやっと6年の刑期をつとめあげ、晴れておいしゃさんになったペンギン君

なんせ時間の余裕があるのはやはりいいことである
せっかくおいしゃさんになったのだから、せめてバイトくらいはできるようにしときたい! ということで、週2回ほど眼科の研修に行き、コンタクトレンズのバイトができる程度まで仕込んでもらう以外はこれでやっと一日中、実験三昧できる身分となったペンギン君、心から晴れ晴れと研究生活に突入する

なんせ医学部5年、6年の2年間はさすがにdutyが重く、ほそぼそやってたとは言えはげしく実験が滞っていた
そのほぼ停止状態だったプロジェクトにやっと本格的に取り組むことができるようになったわけで、たいへんめでたい

それを院生1年の間にじっくり仕上げて投稿まで持っていったのはD1の終わり、受理がD2の夏頃だったか?

しかし、それまでの2報は一回で決まったのに、そいつだけは3回くらい再チャレンジしたいわくつきの不良債権

とうとう活字になった時には心からほっとした
開始から投稿まで4年かかってるわけで、なんかやたらと苦労したんだよなぁ あの論文

このあたりからペンギン君の快進撃にややかげりが出始めたのだわな、今考えると

しかしまぁ 話を戻せばペンギン君はまだD1
D1と言えば学術振興会の特別研究員申請資格が得られる学年である
学振DC1の申請というのはD1の夏頃に提出し、D2の4月からお給金がもらえるようになるというタイムコース

『をい ペンギンも出せよ』と、ロバートに言われ、生まれて初めて申請書というものを作成したペンギン君なのだが、その時点ですらファースト2報、日本語総説なら10報くらいは軽くあった

よもや、落ちるわけがない! と自信満々で書類提出、当然のように1次をパスして面接に出かけて行き、面接のおじさん達相手にむっちゃえらそうに講釈たれてきた

当然のように合格……したのだが、今考えればよく受かったよな
D1の学生があれだけ生意気な態度とりやがったらペンギン君ならそっこーで落とすね

で、そこまでは……まぁ順調だったのよ

論文も数年おきとは言え、出してたし
新しいことをどんどんおぼえて、かしこくなってったし

ところが、これでやっと一日中なんも考えんと実験三昧!という状況となった途端……不思議なもので、そうなるとなんか気が抜けるというか突然訪れた虚脱感
今考えても、一日何度も大学とラボを往復していた医学部時代の方がよほど気合いが入っていたのは確実

そして、そのあとのペンギン君、長い長い不調の時期へと徐々に突入することになるのである イヤン

それはR研にあったロバラボがT大へ移動した頃から始まった
以下次号

いや~ ちょっとサボるとすぐランキング急降下しますね
受験ブログがこの時期強いのはわかるのだが、自然科学ブログがすごいことになってるのはやはり昆虫屋さんの増殖とセキララ氏の復帰か?

気がつきゃペンギン君、10位以内キープも困難な状況なんすけど…
とにかく、誰か神新やっつけてくれないかなぁっと

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