医学部への道4

ここんとこうまいラーメン屋さん開拓に精を出すわが社、今日はうちから比較的近い西日暮里のラーメン工房のぶというところへ突進
魚介系スープとコシのある麺がなかなかいけてました
アンチョコにしたのはラーメンデータベース
ラーメン工房のぶは5つ星
データベース管理人さんのベロ結構当てになるかも

ってことで、まだ続く医学部への道
このペースだと現在へたどりつくまで軽く一ヶ月はかかるな

<は~い よいこのみなさん 覚悟は決めたかな~?>

2次試験2日目は面接
前日の大敗北でいまいち意気の上がらないペンギン君ではあるが、やってみなきゃわからん!と気力をふるいたたせつつ参加

なんせあきらめの悪いタチなもので・・・

控え室で受験番号順に並んで座り、係の人が呼びにきたら面接室へ一人ずつ入っていく形式だった

コンコン ←ノック
失礼しま~す。。

ややおびえながら入っていった部屋の中には一方に長テーブルとおぢさんが3名
それに対峙するように椅子がひとつ

どうやら、座っているおぢさんたちが試験官で、ペンギン君は空いている椅子に座れってことらしい

一礼して椅子に座り、やおらカオを上げておぢさん達のご尊顔を正面から仰ぎ見・・・・た途端、なんだか妙にほっとしたペンギン君

なんかよーわからんけど、とっても近しいものを感じたのである

このあたりがロバートNに『無尽蔵』と評されるペンギン君の幸運な運勢のひとつだと思うのだが、3名の教授連のうち

中央に座っていた角刈り白髪のおぢさんは現在皇室医務主管(東大教授・同付属病院院長・国立精神神経センター所長)の金沢一郎先生だったし

向かって右手のひょうきんなおぢさんはのちに京大へ移り、現在は大阪成蹊大学の学長となられた(かの柳沢正史大先生の元ボス)真崎知生先生だったし

向かって左手に座ってニコニコしていたのは大学院に入ってからご近所のよしみで仲良しになり、その後、急逝されてとっても悲しい思いをした寄生虫学の入江勇治先生だった

要するに、えらいこと基礎医学研究おりえんてっどなおぢさんばかりが雁首揃えていたわけで、実はこれはペンギン君にとって信じられないほど幸運なことだったのを後で知る

なんせ、どうして医学部に入ろうと思ったんですか? という質問に
「将来は基礎研究がしたいので、そのためには人間の身体のしくみがどうなっているのかをちゃんと勉強したいと思いましたっ!」
と、なんの屈託もなく答えてたんだからのぉ えらいこっちゃ

これがもし、ペンギン君がのちに三馬鹿トリオとひそかに名付けた臨床系の石頭教授連A・T・K(いいのか・・こんなこと書いて)のうちひとりでもその場にいたらそっこーであぼーんされていたにちがいない

のちに臨床実習が始まるや否やこの三馬鹿トリオのおかげで大変な目に遭うことになるのだが、それはまだだいぶ先の話

しかも、質問がまた、
「いい色に焼けてますが、何かスポーツやってますか?」
「ハイッ 中学はソフトボール部、高校はスキー部、現在はテニスをやってまーす!」 (受験生とは到底思えない発言)
だの

「アメリカではどんなことをやっていたんですか?」
「ハイッ 免疫学の研究室でべーたつーみくろぐろびんのいんさいちゅーはいぶりだいぜーしょんやってましたっ」 (ド素人テクニシャンだったとは到底思えない発言)

だのと、答えやすいことばかり聞いてくれるので、ペンギン君すっかりノリノリでジョークまではさみ、面接室で笑いが起きるほどの大盛り上がり

今思えば、いいのか・・・あんなんで、という気もするけどさ

ともあれ、面接は大成功!
(と、勝手に思いこんでいるが実のとこどうだったのかは不明)

すっかり気をよくして帰ってきたペンギン君ではあったが
2時試験の点数がどうあがいても50点以上ではありえない
という現実には全く変わりなく、前途は暗雲に包まれているのであった

以下次号

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